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V字研メルマガ vol.14 多数決より、納得を生む対話を重ねよう

先週スコットランドの独立を巡る住民投票が行われましたね。

住民にとっては国家を選ぶという、超大切なこと。
それを多数決で決めるしかないのかな?
クリミアの時もそうでしたが、私にはどうも納得がいきません。

多数決は民主主義の象徴のように言われていますが
多数決は民主主義の本質ではないと思います。

多数決は、対立を生みます。
負けた方は、理由がどうあれ勝った方を恨むに決まっています。
だから、私は仕事では「絶対に多数決はしない」と決めています。
どれだけ意見が分かれても、双方が納得するまで話し合うのです。

民主主義の醍醐味は、双方がお互いの考えを述べ、
納得を得ながら徐々にどちらかの意見にまとまるか、
あるいは双方が納得する第三案が生まれるところにあります。
そこが、封建主義や絶対王政時代とは違うとこです。

ビジネスでも同様に多数決で決まる意見が正しいとは限りません。
社内では少数派の意見が、お客様から支持されることはよくあります。
私がブラザー工業の入社2面目に企画を担当した
P-touch(ピータッチ)の時もそうでした。

P-touchは、現在米国でシェア70%以上を誇るラベルライターです。
国内ではキングジムにOEMし、テプラの名で1988年に販売され、
今日でも広く愛用されている大ロングセラー商品となっています。

そんな大ヒット商品も、試作品を作り、
市場調査を行ったときの結果は散々でした。
例えば13社の文房具屋のバイヤーに試作品を診てもらったのですが
「これは凄い!売れるぞ!」と言ってくれた先は2社だけ。
後の11社からは不評でした。

まず、プリントゴッコと比較されました。
「テープにしか字が打てないの?
せめてハガキぐらい打てるようにしてよ」
そして、ワープロと比較されました。
「一行しか打てないのに1万5千円だなんて価格が高過ぎるよ
ワープロはA4用紙全部に打てて3万円。せめて1万円切らないと」

この結果が、同社の「販売企画会議」に諮られました。
この会議は量産試作の予算をとる会議です。
参加者は、専務以下の役員や事業部長など役職者ばかりです。
もしここでNGならば量産は行われず、企画はお蔵入りとなります。

この会議で、当時入社2年目だった私に発言する
権利はなく、後方から役職者たちをただ眺めていただけでした。
会議では、市場調査結果から予測された
P-touchの年間の販売予測台数は2万5千台だと発表されました。

当時、市場投入OKは10万台以上、損益分岐点は6万台で、
それには遠く及びませんでした。
これが引き金になり、採決の結果P-touchはNGとなりました。

私の中に、釈然としない思いが残りました。
「2万5千台しか売れない→足りない→NG→終わり!」
と切り捨てるのではなく、
「2万5千台を10万台にするための課題は何か→
どうしたらその課題は克服できるのか
→現場は考えろ→もう一度プレゼンせよ!」
そんなチャンスがもっとあるべきではと思いました。
2社でも「これは売れる!」と言ってくれた人もいるのです。

この会議の翌日から、私は社内失業をします。
P-touchプロジェクトがお蔵入りになったからです。
ふてくされた私は社内の行先表示板に
「ストライキ」と書いて、何日も会社を休みました。

この商品は後にキングジムさんにOEM供給され、
「テプラ」のブランド名で世に出ます。
それが爆発的にヒットしたのは皆さんご存知の通りです。

私はこの時の経験から少数派の意見を無闇に切り捨てず、
納得のいくまで検討を繰り返すことの大切にしています。

特にV字回復する事案の多くは、多数派の考え方に
問題があるから落ち込んでいるのです。
そうした企業ほど、少数意見に復活のヒントがあるのです。

憎しみを生む多数決より、納得を生み出す対話を重ねる。
これからも自分のスタイルを大事にしていきたいと思います。

 

V字研メルマガ vol.11 現場の幹部にスイッチを入れる方法

すっかり秋らしくなりましたね。

先般、東京と大阪で増収増益をテーマにしたセミナーを行いました。
主催者からは「事例をとにかくたくさん話して!」と言われたので
あれもこれもと盛り込んでみたら、その数、自分でも驚きの40例超。
5時間のセミナーですから、7分に1度は事例を語ったことになります。

これだけ事例が出るのは、
私が常にV字回復の現場にいたからですが、
どの事例にも「立役者」がいました。
そしてそのほとんどが、V字回復を果たした組織の課長です。

前々回に記したV字回復の立役者になったのは、
企画担当のK課長でした。
目標達成後、私は現場の皆さんに
「リーダーの言葉で印象残っているのは何ですか?」
とインタビューしました。すると出てくるのはK課長の言葉ばかり。

同社の商品は確率的には顧客に100件提案して2件売れるもの。
だから、断られることで心が折れそうになる担当者もいます。
そんなとき、その担当者にK課長は明るく声がけします。

「98回まで断られて当たり前。今まで何回断られたの?」
担当者が「24回です…」と応えると、
「断られて悩む必要なんかないよ。
後74回断られないといけないな~」
「楽しくやりましょう。
真剣はいいが、深刻にならずにね」と笑います。

この言葉に担当者の中のめげた気持ちが消え、
「そうだよね~がんばろう!」という気持ちが復活。
すると、それからわずか3回目の提案で、見事受注!
そんな時K課長は「意外と早かったね!ついているね!」と声がけ。
この明るさが、多くの担当者のモチベーションを維持したのです。

では、K課長は元から明るかったわけではありませんでした。
私はV字回復プロジェクトの最初に「しゃべり場」を実施します。
「しゃべり場」とは「うちの職場、こうだったらいいのにな…」を
テーマに現場の担当者が自由に話し合う、
1時間程のミーティングのこと。
6人一組で行い、全員が参加するまで繰り返して行います。

同社では次のような意見が出ました。
「空気清浄機が6台あるのに稼働していない。直してほしい」
「始業前から電気を点けて欲しい。出勤時に部屋の中が暗すぎる」
「コピー機が遠い。時間が惜しいので位置を変えてほしい」…etc

この「しゃべり場」の実施は、いろんな狙いがあります。
一番は、このような小さな職場の問題を即座に解決することで
社内に「変化の予感」を起こすことです。

「あれ?なんか便利になったな…
これからもっと良くなるかも?!」
「あれ?自分が言った通りに変わった…
私たちの意見って案外貴重かも?!」

上司が部下の意見を聞き、速攻で対応する職場は滅多にありません。
ですから、それだけで部下は驚き、モチベーションが上がるのです。

また、これを聞いた上司たちも、いろんなことに気が付きます。
「本来は自分が先に気づくべきことばかり。
周囲が見えていなかった…」
「現場の人は自分が思う以上にやる気がある。
もっと信じて任せてみよう!」
「自分たちの仕事は現場の人が働きやすい環境を作ることなんだ!」

このように「しゃべり場」を実践すると、
幹部は現場の本気に驚きます。
そして、自分よりも部下の方が危機意識が強いこと
本気になって何かをしようとしているときに
目が覚めたようにスイッチが入るのです。

K課長も、こうした部下の本気に気付き、そこから変わりました。
幹部が集まった作戦会議では快活なファシリテータ役を務め、
多くの意見を引き出しました。
また、上記のように誰よりも現場を回り、
声がけするようになりました。

その結果が、同社の奇跡のV字回復です。
「企業は人なり」と言いますが、
「企業は人間関係なり」とも言います。

人間関係の修復無くしてV字回復はあり得ません。
しゃべり場などを通してK課長のようにそれに気が付いた人が、
V字回復の立役者になるのです。

 

V字研メルマガ vol.10 流れを断ち切る儀式をしよう

テニスの錦織圭選手、凄いですね!素晴らしい!!!

私はテニスには全くの素人ですが、
解説者によると、「流れ」が変わる瞬間があるようです。

タイブレークをGETしたときや、強烈な一本のスマッシュで
「え、まだこんな力を持っていたの?」と
相手をビビらしたりした瞬間など。
流れを断ち切り、新たな流れを引き寄せることが重要なのですね。

私の父は、小さな地銀の銀行員でしたが、
若い頃はプロテニスプレーヤーを目指したほどの選手でした。
その影響でしょうか「悪い流れを断ち切ること」に関しては、
上手い人だったように思います。

そこで今回は、17回忌を終えたばかりの父による、
私の悪しき「流れ断ち切り体験」を綴りたいと思います。

私は28歳の時、借金を抱えました。総額700万円。
一獲千金を夢見て小豆の先物取引や、絵画に手を出したのです。

元手は知人から借りました。
それを運用して大儲けしよう思ったのですが、
世の中、そんなに甘い話はありません。

あっという間に大損し、約束の期日までに
知人に返済できなくなってしまいました。

困った私は親戚の叔父の家に行き借金を願い出ました。
自分が多重債務者になった事実は
銀行員だった父にだけは知られたくなかったのです。

が、当然ながら叔父から父にすぐ連絡が行き、
二日後、叔父の家で、田舎から上京してきた父母と私、
そして叔父が連れて来た叔父の友人(中小企業の社長さん)の
5人で親族会議が開かれました。

この会議では、その社長に私はガンガン責められました。
「100万円?本当にそれだけか!もっとあるだろう!」
「なぜこんなものに手を出したのだ!」
「こんなバカヤローは見たことがない!」

それはもう頭が真っ白になるほどの弾劾裁判でした。
そして、処分できるものを処分した後の借金500万円は
父が肩代わりしてくれることになりました。

私は社長よりも父に責められることを恐れていました。
勘当も覚悟しましたが、意外にも父は全く私を責めせん。
私が言われたのは、たったひと言だけでした。

「借金を返したら、お前を苦しめた借用書を返してもらえ。
そしたら、その借用書を自分で火を付けて燃やせ。
そして、その灰を踏んづけて来い」

私は父の言うとおりにしました。
木枯らし吹きすさぶ渋谷の宇田川公園で、
知人に返してもらった借用書を一人で灰を踏みつけながら、
私は頭の中で次のようなことを誓いました。

「金や自分の欲ためだけに生きることは、もう終わりだ。
これからは人が喜ぶことをするために生きる」。

灰を踏みながら、私の中で何かが変わるのがわかりました。
そして、それまでとは違う自分に成ることができました。
今日の私は、あの日あの時の宇田川公園からスタートのです。

自分を覆う悪しき流れを断ち切りたいときには、
このようなささやかでも特別な儀式が必要なのかもしれません。
言葉は忘れることがあっても、その時の場所特有の空気感や
行動など、身体で覚えたことは忘れないからです。

その後、私は経営コンサルタントになりました。
そして、あの儀式から10年ほど経ったある日のことです。

私はクライアントの労働金庫様から、
同金庫の顧客である労組の幹部の皆さんに、
多重債務から組合員を守る重要性を伝える仕事を頂きました。

そこで私は、このときの借金の経緯や親族会議(裁判)の様子、
儀式の体験、そこから得た教訓などを赤裸々に語りました。

なかなかこんな体験を持ったコンサルタントはいません。
それが評判を呼び、以後今日まで、全国各地の労金・労組様主催の
講演会講師に招かれ、延べ1万人以上にこの体験を伝えてきました。

そのたびに、こんな恥ずかしい個人的な体験が
他の誰かの役に立つなんて
世の中には無駄なことは何ひとつないのだな、と感じます。

断ち切れば、どん底は新しい自分のスタートになります。
その姿は、いつか誰かを勇気づけることになります。
今思えば、それこそが儀式を指示した父の教えでした。
それを信じるから、今後もV字回復支援を続けていきたいと思います。

 

V字研メルマガ vol.6 シンボルのマネジメントの効果

熱戦続きだった夏の高校野球が終わりましたね。

今年は、逆転勝ちが目立った大会でした。
優勝した大阪桐蔭は準決勝、決勝とも逆転勝ち。
私の地元・岐阜の大垣日大は0-8で負けていた試合を
12-10とひっくり返し、大いに話題になりました。

そこで、実際にどのくらい逆転勝ちがあったので調べてみました。

過去5年間の夏の甲子園の逆転勝ち数は平均15.2試合。
最も多い年は09年と11年の18。少ない年は10年の8です。

それが今年は…なんと22試合。全48試合のほぼ半数です。
では、なぜこんなにも逆転勝ちが増えたのでしょう?

その要因は…あくまでこれは私の考えですが、
地方予選の石川県大会決勝「星陵VS小松大谷」での
大逆転劇にあったのではないかと思います。

この試合は9回表まで0-8で小松大谷がリードしていました。
ところがその裏の攻撃で星陵が1イニングで9点を取り、
9-8と逆転サヨナラ勝ちして甲子園の切符をつかんだのです。

この奇跡について星陵の山下総監督は、
新聞紙上で2つのことが逆転の引き金になったと語っていました。

ひとつは「9回表にエースが3者連続三振に抑えた」こと。
二つ目は、「それまで控えに回っていたキャプテンが
9回裏の先頭打者に代打で起用され、四球を選んだこと」です。

この2人の姿勢が「あの人が最後まで頑張るのなら俺も」の
チームワークを引き出したのでしょう。

石川県大会決勝の大逆転劇は、多くののチームに
「最後まで自分を信じれば夢は叶う」
と確信できる象徴的な出来事になったのだと思います。

ある象徴的な出来事が、周囲に大きな影響を与え、
けん引役になることがあります。

例えば政治では、ガンジーが行った非暴力抵抗運動が、
植民地支配からの独立の象徴となり、
多くの民族に独立のために戦う勇気を与えました。

ビジネスでいえば、トヨタのプリウスが、
環境に配慮した商品が世界的に支持される象徴となり、
多くのエコロジー商品が生まれました。

また、ディズニーリゾートの接遇の心地好さが、
おもてなしを大事に考える企業の象徴となり
多くの会社の改善のヒントになっています。

このように、画期的な出来事や人財をあるべき姿の象徴とし、
それを印象的に伝えて社内外の意識を変えるマネジメントを
「シンボルのマネジメント」と言います。

あなたの会社で改善活動を盛んにしたいのなら、
過去の改善活動から好事例を拾い出してみましょう。
顧客満足を高めたいのなら、
お客様が感動した話を拾い集めてみましょう。

それらの事実をリーダーがシンボライズして伝えることで、
従業員は「私にもできるかも…」と
自分で自分に期待するようになるでしょう。

 

V字研メルマガ vol.5 大志の前に果たしたい2つのこと

2013年5月、ホンダが2015年にF1に復帰することを発表しました。
マクラーレンとのコンビ復活です。
この報に触れたファンたちのSNS上の書き込みを見ても、
「これは素晴らしいニュースだよ、
ホンダのターボエンジンは本当に素晴らしいからな」
「おかえりホンダ!休暇をとって力を取り戻した
ホンダの活躍を期待しているよ!」など、歓迎ムード一色です。

F1への復活はホンダにとっても悲願でした。
F1は創業者の本田宗一郎が1962年に
「世界一でなければ日本の自動車を輸出できない。
だから世界一になる!」として挑んだレースです。

この挑戦にホンダは1965年にF1で初優勝。
以後、ホンダの名は世界に知れ、
F1で勝つクルマを作りたいと思って入社した人も増えました。
(↓絶賛されているホンダ4論50周年のyoutube)
https://www.youtube.com/watch?v=6p7_s6Y0vU0

そんなホンダもリーマンショックの時、赤字転落の危機に陥りました。
このとき、当時の福井威夫社長はF1から徹底すべきか否かを迫られました。
彼自身、F1が好きで入社したエンジン開発担当の技術者の一人です。

彼はF1の意義も重要性も知り尽くしていた人であり、
継続したい思いは人一倍強かったと言います。
が、経営者としてF1に参戦することの
経済的な負担が大きいことも知っていました。

このままF1を続けても会社が潰れるようなことはありません。
が、赤字が大きくなり、雇用が守れない恐れもあります。
果たして赤字になっても続けるべきことなのか…?
福井社長は悩みました。

このとき彼が手にしたのは、宗一郎が創業の志を記した書物でした。
そこには次にように書いてあったといいます。
「当社は、存在を期待される企業をめざす。
その原点は『納税義務』と『雇用の維持』である」

この言葉に触れて、福井社長はF1撤退を即断したと言います。
ホンダはF1を走る実験室だと位置づけていましたが、
納税を怠り雇用に優先してまでしてやることではない。

同社へのバッシングや不買運動が起きるかもしれないが、
F1の前に社会の公器として務めを果たす。
その原点に立ち返ったのです。

偉大な発明や挑戦など立志伝にはこと欠かないホンダですが、
消費者と同じ時代を生きる仲間として、
目的にきちんとした優先順位を持っている会社だとわかります。

地味でも『納税義務』と『雇用の維持』を果たすことこそ、
企業が誇るべきことなのです。
その優先順位のぶれがなければ、今回のホンダの復帰のように
お客様は温かく迎えてくれるものなのでしょう。

F1も時代共にルールが変わり、エンジンの小型化や
ハイブリッドの採用などが義務付けられています。
ホンダの今回の復帰は
「誰も挑戦したことのない燃費効率への挑戦」だといいます。

公器として果たすべきことをキチンと果たし会社の
新しい挑戦から生まれるイノベーションに期待しましょう。

 

このご時勢にスポーツカーなんて誰が買う?乗る??こ存じですか?

ハチロク(86)、という名前のクルマを知っていますか?
2012年にトヨタとスバルの共同開発から生まれたスポーツカーです。

ハチロク(86)

ハチロクの名前の由来はAE-86型カローラレビンの
「自分だけの1台を楽しみながら育てる」の精神を継承したことが由来。
オプションパーツが豊富で、自分で内外装ともにカスタマイズでき、
自分らしいオリジナルカーが創れるところが一番の醍醐味。

パーツ提供メーカーも「TRD」と「MODELLISTA」の2社があり、
それぞれで提供する世界観が違います。

実際に乗ってみたが、小さくて狭くて硬くて…
さすが走り第一の設計で、走り心地はいいのだろうが
私にとっての乗り心地(居住性)は最悪(T_T)/~~~

が、地面の振動はこれくらい固く狭くないと味わえないのでしょう。
後輪駆動だからこそ、ドピュッ!という出だしも楽しめます”(-“”-)”

ハチロク(86)

ただ、「なんでトヨタがスポーツカー?」と、ただただ疑問。
そもそもトヨタ内部では毎年のようにスポーツカーの企画書が上がり、
役員会で却下されてきました。理由は…投資効率が悪いから。

しかし、2007年に全役員が集まった会議で若者のクルマ離れが問題になりました。
危機感を募らせた首脳陣は、考え方を変えます。
安価なスポーツカーを作ることを決定しました。

そこで問題。
自分でカスタマイズできる86。
主なユーザーはどんな人でしょう?

それを、お台場メガ・ウェーブの店員さんに聞いてみました。

ハチロク(86)

ハチロク(86)

すると…
「子供が巣立った50代半ば以降のおじさん」。

今の若い人ではなく、昔の若い人が、時間とお金に余裕ができた今こそ、
憧れのスポーツカーを自分らしくアレンジして乗っているのだそう。

年齢的にも人生守破離の「離」の頃。
皆と違った「自分らしい」ものを楽しみたいのでしょう。
会社や家族に縛られていた?自分を解き放つ意味合いで、
ちょい悪親父の感覚で、こんな車を買うのかもしれません。

どうでしょう…意外でしたか?

考察

若者のクルマ離れ防止に作った86。
それに飛びついたのは、
若者に憧れる(自分の若い頃に憧れる)おじさんたちでした。
この事実を見ても、マーケティングとはつくづく
人々の憧れを具現化して届けるものだと思います。

開発のスローガンは
“Built by passion, not by committee!”
(合意してつくるのではない、情熱でつくるんだ!)。
経済合理性優先の中、トヨタ内で抑えられいた情熱が、
おじさんたちの共感を生んだのでしょう。

あとは、そんな自己解放しているおじさんの姿を見て
若者たちが「あんな大人になりたい」と思えばいいのでしょうが、
はたしてそうなるでしょうか?

確かに泉谷しげる、矢沢永吉のような生き方はカッコいい。
人が押し付ける価値観を捨てて、自分に素直に生きている。
そして、最近はそんな顔のおっさんが増えている。
私もそんなおじさんになりたいと憧れる。

抑圧された感じを抱いた若者たち!
出世や収入と関係ないところにたくさんのいい笑顔があります。
「自分がどうなるか」より「自分を社会のためにどう使うか」に
集中しているおじさんたちの、空に抜けるような笑顔。
これからはいい笑顔のおじさんに注目してみよう。

 

バンダイはいかにしてミニカー市場に食い込んだのか?

V字回復のためのコンサルティング・クイズ

Q:みなさんは、バンダイの人から
「バンダイらしさって何ですか?」と聞かれたら何と答えますか?

実は、バンダイはライバル会社の強い特定市場に食い込むために
徹底的にこのことを考えました。
自分たちにしかない、他社と差別化できるコンセプトを探したのです。

彼らが進出しようとした市場はミニカーでした。
ここは、タカラトミーの牙城。
未就学男児向けの玩具市場は、大まかに
「ヒーロー系」と「乗り物系」に分かれます。
バンダイが得意なのはヒーロー系。
一方、乗り物系はトミカやプラレールを持つタカラトミーが強いです。

その市場に「らしさ」が際立つ商品を開発して参入。
なんと年に10万個売れればヒットと言われる玩具業界で、
2010年3月の発売から1年で120万個、
累計で320万個を売り上げる商品を生み出したのです。

さて、バンダイが気づいた「バンダイらしさ?」とは何でしょうか?

A…「変形」。

ヒーローの人形は触るとわかるんですが、
可動機構を備えていていろんな形に変わります。
また、人形同士が合体することもできます。

バンダイは、この変形機能をミニカーに応用しました。
そして、乗用車なのだけど、変形することでパトカーに変わる、
また、寝台車が新幹線に変わる等、1台で2台分楽しめる
ミニカー“VooV(ブーブ)”を開発したのです。

http://voovvoov.com/

価格はトミカ(378円)の2倍の756円(税込)。
バンダイはトミカの市場を奪ったのではなく、
新しい市場を開拓した、といいます。

現在は、低年齢の児童でも遊べるタイプや、
複数のVooVを組み合わせてロボになるタイプも開発。
「よくぞ考えた」と販売店からも褒めていただいているという。

考察

他社より少し安い、機能がちょっといい、
というだけでは市場で勝てない時代です。

他社を見ていては、他社に似たものしか作れません。
それはすぐに真似されてしまいます。

他社を見ずに、純粋に自分の強みを見る。
そこから自分にしかできないことを追う。

すると、他社が追いつけないものが生まれます。
オンリーワンへの近道は、
「他人を見るな、市場を見ろ」
「他人を見るな、自分を見ろ」ですね。

(参考)日経ものづくり2014年1月号P42~43

 
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株式会社V字経営研究所は、2014年4月に起業した、次世代経営チームの育成を支援するコンサルティング会社です。 「 事業と人財のV字回復するプログラム、あります 」 をスローガンに、企業の最重要課題である増収増益の実現と人財が育つ仕組みづくりを支援します。また、その実践を通じて社長が右腕と頼む次世代経営チームを育てます。次世代経営チームが強くなれば、今日出会ったお客様と、100年後も付き合い続けることができるでしょう。
企業がそのような100年ブランドへと成長することが当社の理想です。

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