マスコミ取材・講演依頼各種お問合せ03-4455-4688
 
あなたの知らないV字研
セミナー開催予定
 

V字研メルマガ vol.18 使命直結行動を増やそう!

激しい台風が通り過ぎましたね。皆さん、大丈夫でしたか?
今回も恐ろしいほどの雨と風でした。

にもかかわらず、時間通りに新聞は届いていました。
今日ぐらい休んでも誰も文句を言わないだろうに…と思うのですが
新聞配達の皆さんの使命感は凄まじいですね。

その中でも、ひときわ使命感が強いと感心する新聞店があります。
浜松市にある柳原新聞店です。
ほとんどがアルバイトで成り立っているこの業界で、
社員数が100人を超える、ファミリー経営を推進している会社です。

同社のミッションは「ホスピタリティ物流」。
地域の人に、役に立つことや喜ばれることを自分たちで見つけて、
自分たちの力でお届けしよう、という意味です。

同社は現在、新聞の宅配のほかに、
地元の惣菜専門店と組んだ「お弁当の宅食事業」、
乳業メーカーと組んだ「健康飲料宅配事業」を展開しています。

これだけでも十分ユニークなのですが、
さらにユニークな試みとして二つのことをしています。

第一はお月見や、クリスマス、節分などのイベントです。
例えば節分の時は、社員が鬼に扮して希望する家庭を回ります。
お客様は鬼が来るのを、豆を持って待ち構えています。
そして「鬼は外~」と豆を投げつけるのです。
この鬼退治は子供やお年寄りには大好評で、申し込みは1000件以上。
これを2月の土日の2日間、社員が手分けして訪問するのです。

第二は今年から始まった「すまいるサポート」というサービス。
60歳以上の同店の新聞購読契約者に限ったサービスですが、
「30分500円(税別)でお手伝いします」というもの。

お年寄りには買い物や、お風呂や台所のお掃除、家具移動等、
やりたくてもなかなかできないことがいっぱいあります。
それを代行する事業です。

それを引き受けるのは、地元のサポートスタッフの皆さん。
引退されたシニアや主婦の方で元気な人を時給800円で募ったところ、
予想以上に多くの人が応募してくれました。

まだまだ働きたい地元の人に仕事を提供し、
お手伝いが必要な人に、サポートするスタッフを派遣する。
地域に眠るシーズとニーズのマッチングを実現しているのです。

「求められてやるのがサービス、自分から気づいて行うのが
ホスピタリティ」と言いますが、これらの事業は柳原新聞店の
皆さんが自分で考え、気づき、行っていることばかりです。

このように新規事業を積極的に展開しているのは、
IT化の影響等で、わが国の新聞購読者数が状況にあるから。
この危機に、同業者の多くはアルバイトの雇用調整で対応しています。
が、正社員の多い同社にはそれができない。だから新規事業なのです。

また新規事業は、自社の強みを発揮できる分野を選ぶのが鉄則です。
同社は、自社の強みを「ラストワンマイル」だと位置付けています。
ラストワンマイルとは、
「メーカーで作られた商品を、末端のユーザーに届けるのに
残り1マイルまでは大型物流機能を使えば誰もが届けることができる。
が、最後の1マイルを届けられる人は限られる」という意味です。

実際に個宅までの配達力があるのは、新聞配達店、宅配業、
郵便局、ヤクルトおばさん…などわずかな業者に限られます。
ところが、高齢化の進展に伴い、個宅配達力や訪問力のニーズは
どんどん高くなっているのです。
それを担うのが、自分たちの存在価値だと同社では考えているのです。

嵐をものともせず配達する姿や、ホスピタリティ溢れる新事業は
同社の「使命直結行動」。その凄まじさや斬新さに触れるたびに
使命感を社員ひとり一人に落とし込むことの大切さを感じます。

あなたの使命とそれを具現化する使命直結行動は何ですか?
今一度考えてみてはいかがでしょうか?

 

V字研メルマガ vol.17 儲け話の時ほど初心が試される

今年は、広島の土石流や御嶽山の噴火など、災害の多い年でした。
どちらもほんの少し予知する力があれば避けられた災害です。
被災者に報いるためにも、予知力の技術の進化に期待したいです。

さて、そんな被災地では思わぬ問題が発生していたようです。
広島の被災地区では報道のためマスコミがタクシーを買占め。
呼べども全然タクシーが来てくれませんでした。

私はこのことをホテル経営に携わっている友人から聞きました。
彼の元に、タクシー会社から次のよう内容の手紙が来たそうです。
「土砂災害で全国から多数の報道関係者が来て、
タクシーは終日運行となってしまいました。
地元の皆様にはタクシー手配できずご迷惑をかけました」

マスコミが何日もタクシーを終日借り上げてくれるのですから
災害はタクシー会社にとっては願ってもない特需。

が、その影で迷惑したのは観光客や「交通弱者」と呼ばれる人たち。
特に高齢者は買い物や病院に通うのに、
日常的にタクシーを利用しています。
しかし、タクシーがない。
まして、土砂災害で電車もバスも使えない…
唯一の頼みのタクシーがこれでは地元の人はやり切れません。

そんな時、タクシー会社はどうあるべきなのか。
その答えを教えてくれるのが、長野県にある長野中央タクシーです。
この会社は、『日本でいちばん大切にしたい会社3』に出てくる会社です。

同社では「3つの奇跡」と呼ばれる、
タクシー業界では考えらえない奇跡が起きています。
第一は、長野県内で、1日1台当たりの売上が業界平均3倍。
第二は、年間にお客様から届くお礼状が500通超。
第三は、過去10年間の退職者は0人。

では、なぜこんな凄い奇跡が起きている会社なのでしょう。
その原点は、長野五輪開催時の同社の決断にありました。

長野五輪の時、長野市内のタクシーはマスコミ陣に抑えられ、
全く空車がなくなってしまいました。呼んでも来てくれないのです。
そのため病院通いのためにタクシーを使っていた老人宅に
送迎してくれるタクシーがゼロになってしまいました。

そのことを危惧したのは同社の社員でした
「これのまま高齢者を放置していいのでしょうか?
それは理念に背くのではありませんか?」と会社に提言したのです。

このとき同社の社長は、マスコミからの特需で
「今年は儲かるぞ!決算賞与が出るぞ!」と金ばかり考えていました。
が、社員からのこの提言で、ふと我に返ったといいます。

同社の理念は、「お客様が先、利益は後」。そして
「その人を最も大切に思う人になりきってサービスをする」こと。
高齢者のAさんを最も大切に思う人が上京した息子さんだとしたら、
その息子さんになりきってAさんと接しよう」
というのが同社のサービス精神なのです。

社員の言うようにそろばん勘定が先に立ち、
理念ことをすっかり忘れていたことに気が付いた社長は、
「特需優先か?理念死守か?」を皆で話し合いました。
そして、長野市内では唯一同社だけがマスコミのオーダーを断り、
五輪特需時でも普段通りにタクシーを運行することに決めたのです。

その決断に、高齢者に代表されるお客様たちは
「もう一回病院に行ける」と大喜びしました。

同社の奇跡はここからはじまりました。
五輪の年、中央タクシーの業績は市内最下位に転落。
が、その翌年からは一気に市内の首位に躍り出ます。
要因は、五輪時に利用してくれたお客様からの逆指名。
彼らがリピーターとして定着したのでした。

私は仕事で年に何度も長野市に行きますが、
長野市内で駅待ちや流している中央タクシーはまず見かけません。
お客さまからの指名で、一日中塞がってしまうからです。
それが五輪直後から今日まで16年も続いているのです。

「小欲を捨て大義を貫け」と言いますが、
大義を貫くと、大きなお返しがあるものですね。
私たちも目先の利益に我を失うことがしばしばあります。
そんな時ほど、どちらでいることがより自分らしいか…
それを考えて行動したいと思います。

 

V字研メルマガ vol.14 多数決より、納得を生む対話を重ねよう

先週スコットランドの独立を巡る住民投票が行われましたね。

住民にとっては国家を選ぶという、超大切なこと。
それを多数決で決めるしかないのかな?
クリミアの時もそうでしたが、私にはどうも納得がいきません。

多数決は民主主義の象徴のように言われていますが
多数決は民主主義の本質ではないと思います。

多数決は、対立を生みます。
負けた方は、理由がどうあれ勝った方を恨むに決まっています。
だから、私は仕事では「絶対に多数決はしない」と決めています。
どれだけ意見が分かれても、双方が納得するまで話し合うのです。

民主主義の醍醐味は、双方がお互いの考えを述べ、
納得を得ながら徐々にどちらかの意見にまとまるか、
あるいは双方が納得する第三案が生まれるところにあります。
そこが、封建主義や絶対王政時代とは違うとこです。

ビジネスでも同様に多数決で決まる意見が正しいとは限りません。
社内では少数派の意見が、お客様から支持されることはよくあります。
私がブラザー工業の入社2面目に企画を担当した
P-touch(ピータッチ)の時もそうでした。

P-touchは、現在米国でシェア70%以上を誇るラベルライターです。
国内ではキングジムにOEMし、テプラの名で1988年に販売され、
今日でも広く愛用されている大ロングセラー商品となっています。

そんな大ヒット商品も、試作品を作り、
市場調査を行ったときの結果は散々でした。
例えば13社の文房具屋のバイヤーに試作品を診てもらったのですが
「これは凄い!売れるぞ!」と言ってくれた先は2社だけ。
後の11社からは不評でした。

まず、プリントゴッコと比較されました。
「テープにしか字が打てないの?
せめてハガキぐらい打てるようにしてよ」
そして、ワープロと比較されました。
「一行しか打てないのに1万5千円だなんて価格が高過ぎるよ
ワープロはA4用紙全部に打てて3万円。せめて1万円切らないと」

この結果が、同社の「販売企画会議」に諮られました。
この会議は量産試作の予算をとる会議です。
参加者は、専務以下の役員や事業部長など役職者ばかりです。
もしここでNGならば量産は行われず、企画はお蔵入りとなります。

この会議で、当時入社2年目だった私に発言する
権利はなく、後方から役職者たちをただ眺めていただけでした。
会議では、市場調査結果から予測された
P-touchの年間の販売予測台数は2万5千台だと発表されました。

当時、市場投入OKは10万台以上、損益分岐点は6万台で、
それには遠く及びませんでした。
これが引き金になり、採決の結果P-touchはNGとなりました。

私の中に、釈然としない思いが残りました。
「2万5千台しか売れない→足りない→NG→終わり!」
と切り捨てるのではなく、
「2万5千台を10万台にするための課題は何か→
どうしたらその課題は克服できるのか
→現場は考えろ→もう一度プレゼンせよ!」
そんなチャンスがもっとあるべきではと思いました。
2社でも「これは売れる!」と言ってくれた人もいるのです。

この会議の翌日から、私は社内失業をします。
P-touchプロジェクトがお蔵入りになったからです。
ふてくされた私は社内の行先表示板に
「ストライキ」と書いて、何日も会社を休みました。

この商品は後にキングジムさんにOEM供給され、
「テプラ」のブランド名で世に出ます。
それが爆発的にヒットしたのは皆さんご存知の通りです。

私はこの時の経験から少数派の意見を無闇に切り捨てず、
納得のいくまで検討を繰り返すことの大切にしています。

特にV字回復する事案の多くは、多数派の考え方に
問題があるから落ち込んでいるのです。
そうした企業ほど、少数意見に復活のヒントがあるのです。

憎しみを生む多数決より、納得を生み出す対話を重ねる。
これからも自分のスタイルを大事にしていきたいと思います。

 

V字研メルマガ vol.11 現場の幹部にスイッチを入れる方法

すっかり秋らしくなりましたね。

先般、東京と大阪で増収増益をテーマにしたセミナーを行いました。
主催者からは「事例をとにかくたくさん話して!」と言われたので
あれもこれもと盛り込んでみたら、その数、自分でも驚きの40例超。
5時間のセミナーですから、7分に1度は事例を語ったことになります。

これだけ事例が出るのは、
私が常にV字回復の現場にいたからですが、
どの事例にも「立役者」がいました。
そしてそのほとんどが、V字回復を果たした組織の課長です。

前々回に記したV字回復の立役者になったのは、
企画担当のK課長でした。
目標達成後、私は現場の皆さんに
「リーダーの言葉で印象残っているのは何ですか?」
とインタビューしました。すると出てくるのはK課長の言葉ばかり。

同社の商品は確率的には顧客に100件提案して2件売れるもの。
だから、断られることで心が折れそうになる担当者もいます。
そんなとき、その担当者にK課長は明るく声がけします。

「98回まで断られて当たり前。今まで何回断られたの?」
担当者が「24回です…」と応えると、
「断られて悩む必要なんかないよ。
後74回断られないといけないな~」
「楽しくやりましょう。
真剣はいいが、深刻にならずにね」と笑います。

この言葉に担当者の中のめげた気持ちが消え、
「そうだよね~がんばろう!」という気持ちが復活。
すると、それからわずか3回目の提案で、見事受注!
そんな時K課長は「意外と早かったね!ついているね!」と声がけ。
この明るさが、多くの担当者のモチベーションを維持したのです。

では、K課長は元から明るかったわけではありませんでした。
私はV字回復プロジェクトの最初に「しゃべり場」を実施します。
「しゃべり場」とは「うちの職場、こうだったらいいのにな…」を
テーマに現場の担当者が自由に話し合う、
1時間程のミーティングのこと。
6人一組で行い、全員が参加するまで繰り返して行います。

同社では次のような意見が出ました。
「空気清浄機が6台あるのに稼働していない。直してほしい」
「始業前から電気を点けて欲しい。出勤時に部屋の中が暗すぎる」
「コピー機が遠い。時間が惜しいので位置を変えてほしい」…etc

この「しゃべり場」の実施は、いろんな狙いがあります。
一番は、このような小さな職場の問題を即座に解決することで
社内に「変化の予感」を起こすことです。

「あれ?なんか便利になったな…
これからもっと良くなるかも?!」
「あれ?自分が言った通りに変わった…
私たちの意見って案外貴重かも?!」

上司が部下の意見を聞き、速攻で対応する職場は滅多にありません。
ですから、それだけで部下は驚き、モチベーションが上がるのです。

また、これを聞いた上司たちも、いろんなことに気が付きます。
「本来は自分が先に気づくべきことばかり。
周囲が見えていなかった…」
「現場の人は自分が思う以上にやる気がある。
もっと信じて任せてみよう!」
「自分たちの仕事は現場の人が働きやすい環境を作ることなんだ!」

このように「しゃべり場」を実践すると、
幹部は現場の本気に驚きます。
そして、自分よりも部下の方が危機意識が強いこと
本気になって何かをしようとしているときに
目が覚めたようにスイッチが入るのです。

K課長も、こうした部下の本気に気付き、そこから変わりました。
幹部が集まった作戦会議では快活なファシリテータ役を務め、
多くの意見を引き出しました。
また、上記のように誰よりも現場を回り、
声がけするようになりました。

その結果が、同社の奇跡のV字回復です。
「企業は人なり」と言いますが、
「企業は人間関係なり」とも言います。

人間関係の修復無くしてV字回復はあり得ません。
しゃべり場などを通してK課長のようにそれに気が付いた人が、
V字回復の立役者になるのです。

 

V字研メルマガ vol.10 流れを断ち切る儀式をしよう

テニスの錦織圭選手、凄いですね!素晴らしい!!!

私はテニスには全くの素人ですが、
解説者によると、「流れ」が変わる瞬間があるようです。

タイブレークをGETしたときや、強烈な一本のスマッシュで
「え、まだこんな力を持っていたの?」と
相手をビビらしたりした瞬間など。
流れを断ち切り、新たな流れを引き寄せることが重要なのですね。

私の父は、小さな地銀の銀行員でしたが、
若い頃はプロテニスプレーヤーを目指したほどの選手でした。
その影響でしょうか「悪い流れを断ち切ること」に関しては、
上手い人だったように思います。

そこで今回は、17回忌を終えたばかりの父による、
私の悪しき「流れ断ち切り体験」を綴りたいと思います。

私は28歳の時、借金を抱えました。総額700万円。
一獲千金を夢見て小豆の先物取引や、絵画に手を出したのです。

元手は知人から借りました。
それを運用して大儲けしよう思ったのですが、
世の中、そんなに甘い話はありません。

あっという間に大損し、約束の期日までに
知人に返済できなくなってしまいました。

困った私は親戚の叔父の家に行き借金を願い出ました。
自分が多重債務者になった事実は
銀行員だった父にだけは知られたくなかったのです。

が、当然ながら叔父から父にすぐ連絡が行き、
二日後、叔父の家で、田舎から上京してきた父母と私、
そして叔父が連れて来た叔父の友人(中小企業の社長さん)の
5人で親族会議が開かれました。

この会議では、その社長に私はガンガン責められました。
「100万円?本当にそれだけか!もっとあるだろう!」
「なぜこんなものに手を出したのだ!」
「こんなバカヤローは見たことがない!」

それはもう頭が真っ白になるほどの弾劾裁判でした。
そして、処分できるものを処分した後の借金500万円は
父が肩代わりしてくれることになりました。

私は社長よりも父に責められることを恐れていました。
勘当も覚悟しましたが、意外にも父は全く私を責めせん。
私が言われたのは、たったひと言だけでした。

「借金を返したら、お前を苦しめた借用書を返してもらえ。
そしたら、その借用書を自分で火を付けて燃やせ。
そして、その灰を踏んづけて来い」

私は父の言うとおりにしました。
木枯らし吹きすさぶ渋谷の宇田川公園で、
知人に返してもらった借用書を一人で灰を踏みつけながら、
私は頭の中で次のようなことを誓いました。

「金や自分の欲ためだけに生きることは、もう終わりだ。
これからは人が喜ぶことをするために生きる」。

灰を踏みながら、私の中で何かが変わるのがわかりました。
そして、それまでとは違う自分に成ることができました。
今日の私は、あの日あの時の宇田川公園からスタートのです。

自分を覆う悪しき流れを断ち切りたいときには、
このようなささやかでも特別な儀式が必要なのかもしれません。
言葉は忘れることがあっても、その時の場所特有の空気感や
行動など、身体で覚えたことは忘れないからです。

その後、私は経営コンサルタントになりました。
そして、あの儀式から10年ほど経ったある日のことです。

私はクライアントの労働金庫様から、
同金庫の顧客である労組の幹部の皆さんに、
多重債務から組合員を守る重要性を伝える仕事を頂きました。

そこで私は、このときの借金の経緯や親族会議(裁判)の様子、
儀式の体験、そこから得た教訓などを赤裸々に語りました。

なかなかこんな体験を持ったコンサルタントはいません。
それが評判を呼び、以後今日まで、全国各地の労金・労組様主催の
講演会講師に招かれ、延べ1万人以上にこの体験を伝えてきました。

そのたびに、こんな恥ずかしい個人的な体験が
他の誰かの役に立つなんて
世の中には無駄なことは何ひとつないのだな、と感じます。

断ち切れば、どん底は新しい自分のスタートになります。
その姿は、いつか誰かを勇気づけることになります。
今思えば、それこそが儀式を指示した父の教えでした。
それを信じるから、今後もV字回復支援を続けていきたいと思います。

 

V字研メルマガ vol.6 シンボルのマネジメントの効果

熱戦続きだった夏の高校野球が終わりましたね。

今年は、逆転勝ちが目立った大会でした。
優勝した大阪桐蔭は準決勝、決勝とも逆転勝ち。
私の地元・岐阜の大垣日大は0-8で負けていた試合を
12-10とひっくり返し、大いに話題になりました。

そこで、実際にどのくらい逆転勝ちがあったので調べてみました。

過去5年間の夏の甲子園の逆転勝ち数は平均15.2試合。
最も多い年は09年と11年の18。少ない年は10年の8です。

それが今年は…なんと22試合。全48試合のほぼ半数です。
では、なぜこんなにも逆転勝ちが増えたのでしょう?

その要因は…あくまでこれは私の考えですが、
地方予選の石川県大会決勝「星陵VS小松大谷」での
大逆転劇にあったのではないかと思います。

この試合は9回表まで0-8で小松大谷がリードしていました。
ところがその裏の攻撃で星陵が1イニングで9点を取り、
9-8と逆転サヨナラ勝ちして甲子園の切符をつかんだのです。

この奇跡について星陵の山下総監督は、
新聞紙上で2つのことが逆転の引き金になったと語っていました。

ひとつは「9回表にエースが3者連続三振に抑えた」こと。
二つ目は、「それまで控えに回っていたキャプテンが
9回裏の先頭打者に代打で起用され、四球を選んだこと」です。

この2人の姿勢が「あの人が最後まで頑張るのなら俺も」の
チームワークを引き出したのでしょう。

石川県大会決勝の大逆転劇は、多くののチームに
「最後まで自分を信じれば夢は叶う」
と確信できる象徴的な出来事になったのだと思います。

ある象徴的な出来事が、周囲に大きな影響を与え、
けん引役になることがあります。

例えば政治では、ガンジーが行った非暴力抵抗運動が、
植民地支配からの独立の象徴となり、
多くの民族に独立のために戦う勇気を与えました。

ビジネスでいえば、トヨタのプリウスが、
環境に配慮した商品が世界的に支持される象徴となり、
多くのエコロジー商品が生まれました。

また、ディズニーリゾートの接遇の心地好さが、
おもてなしを大事に考える企業の象徴となり
多くの会社の改善のヒントになっています。

このように、画期的な出来事や人財をあるべき姿の象徴とし、
それを印象的に伝えて社内外の意識を変えるマネジメントを
「シンボルのマネジメント」と言います。

あなたの会社で改善活動を盛んにしたいのなら、
過去の改善活動から好事例を拾い出してみましょう。
顧客満足を高めたいのなら、
お客様が感動した話を拾い集めてみましょう。

それらの事実をリーダーがシンボライズして伝えることで、
従業員は「私にもできるかも…」と
自分で自分に期待するようになるでしょう。

 

V字研メルマガ vol.5 大志の前に果たしたい2つのこと

2013年5月、ホンダが2015年にF1に復帰することを発表しました。
マクラーレンとのコンビ復活です。
この報に触れたファンたちのSNS上の書き込みを見ても、
「これは素晴らしいニュースだよ、
ホンダのターボエンジンは本当に素晴らしいからな」
「おかえりホンダ!休暇をとって力を取り戻した
ホンダの活躍を期待しているよ!」など、歓迎ムード一色です。

F1への復活はホンダにとっても悲願でした。
F1は創業者の本田宗一郎が1962年に
「世界一でなければ日本の自動車を輸出できない。
だから世界一になる!」として挑んだレースです。

この挑戦にホンダは1965年にF1で初優勝。
以後、ホンダの名は世界に知れ、
F1で勝つクルマを作りたいと思って入社した人も増えました。
(↓絶賛されているホンダ4論50周年のyoutube)
https://www.youtube.com/watch?v=6p7_s6Y0vU0

そんなホンダもリーマンショックの時、赤字転落の危機に陥りました。
このとき、当時の福井威夫社長はF1から徹底すべきか否かを迫られました。
彼自身、F1が好きで入社したエンジン開発担当の技術者の一人です。

彼はF1の意義も重要性も知り尽くしていた人であり、
継続したい思いは人一倍強かったと言います。
が、経営者としてF1に参戦することの
経済的な負担が大きいことも知っていました。

このままF1を続けても会社が潰れるようなことはありません。
が、赤字が大きくなり、雇用が守れない恐れもあります。
果たして赤字になっても続けるべきことなのか…?
福井社長は悩みました。

このとき彼が手にしたのは、宗一郎が創業の志を記した書物でした。
そこには次にように書いてあったといいます。
「当社は、存在を期待される企業をめざす。
その原点は『納税義務』と『雇用の維持』である」

この言葉に触れて、福井社長はF1撤退を即断したと言います。
ホンダはF1を走る実験室だと位置づけていましたが、
納税を怠り雇用に優先してまでしてやることではない。

同社へのバッシングや不買運動が起きるかもしれないが、
F1の前に社会の公器として務めを果たす。
その原点に立ち返ったのです。

偉大な発明や挑戦など立志伝にはこと欠かないホンダですが、
消費者と同じ時代を生きる仲間として、
目的にきちんとした優先順位を持っている会社だとわかります。

地味でも『納税義務』と『雇用の維持』を果たすことこそ、
企業が誇るべきことなのです。
その優先順位のぶれがなければ、今回のホンダの復帰のように
お客様は温かく迎えてくれるものなのでしょう。

F1も時代共にルールが変わり、エンジンの小型化や
ハイブリッドの採用などが義務付けられています。
ホンダの今回の復帰は
「誰も挑戦したことのない燃費効率への挑戦」だといいます。

公器として果たすべきことをキチンと果たし会社の
新しい挑戦から生まれるイノベーションに期待しましょう。

 
各種お問合せ・ご相談

新商品開発、プレミアム人財の育成、営業力強化などのご相談がありましたら、お気軽にお問い合わせ下さい。
各種お問合せはこちら
マスコミ取材・講演依頼はこちら

株式会社 V字経営研究所

株式会社V字経営研究所は、2014年4月に起業した、次世代経営チームの育成を支援するコンサルティング会社です。 「 事業と人財のV字回復するプログラム、あります 」 をスローガンに、企業の最重要課題である増収増益の実現と人財が育つ仕組みづくりを支援します。また、その実践を通じて社長が右腕と頼む次世代経営チームを育てます。次世代経営チームが強くなれば、今日出会ったお客様と、100年後も付き合い続けることができるでしょう。
企業がそのような100年ブランドへと成長することが当社の理想です。

PAGE TOP